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東京高等裁判所 昭和57年(く)96号 決定 1982年5月18日

少年 J・Y(昭四一・二・一二生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、申立人作成の抗告申立書及び理由補充書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

一  重大な事実誤認の論旨(抗告申立書第一)について

所論は、要するに、本件は、典型的な一過性の非行であつて、少年と母親との相互関係も非行要因になつておらず、現在では少年の要保護性は存在しないところ、母親に対する誤つた先入観から同人には社会性がないなどと誤認した調査官の調査報告に基づき、原決定が、少年の家庭が監護教育に不適当であり、母子を分離することにより少年の自立更生をはかるべきである旨判断したのは、要保護性に関する重大な事実の誤認であると主張する。

しかし、要保護性の有無・程度を明らかにすることは、少年審判の一つの目的であるにしても、その判断は、少年の将来についての予測を含むものであつて、事の性質上、合理的疑いを残さない程度までの心証を要しないと考えられること、右要保護性の有無・程度は、保護処分の要否、その種類・内容に直結するものであつて、その判断に誤りがある場合には、少年法三二条にいう「処分の著しい不当」を理由として抗告申立ができること、その他右要保護性判断の資料となるべき基礎事実の性質、その収集目的・方法等に徴すると、同条にいう抗告理由の「重大な事実の誤認」の「事実」とは、同法三条に規定された非行事実を指すものであつて、要保護性の有無・程度及びこれを基礎づける事実は、右「事実」には含まれず、要保護性の判断の誤り、その基礎事実の誤認の点は、別個の抗告理由である「処分の著しい不当」の存否判断のさいに検討されれば足りると考える。したがつて、所論主張の点を理由として重大な事実の誤認の論旨が成立することはありえない。右の点は後記三項において実質判断することとする。

二  決定に影響を及ぼす法令違反の論旨(抗告申立書第二)について

所論は、要するに、少年の義父及び実父が調査官との面接の希望をもち、少年の監護についても役割を分担しようとしていたのに、調査官が同人らとの面接調査もせず、母親と一回の面接をもつただけで母親との分離が必要であるとして少年院送致に短絡させたのは、審理不尽であり、この点は決定に影響を及ぼすと主張する。

しかし、事件記録及び調査記録によれば、調査官は、少年の親権者である母親との面接を通じ、離婚した実父の家庭状況や少年とのかかわり合い等(再婚して一子がありながら、毎月送金を続け、少年と妹とも月一回程度の交流がある)及び母親の再婚相手である義父との生活状況等についても一応の調査を遂げているのであつて、本件の処遇決定にあたり右の程度の調査でもあながち不十分ともいえないうえ、右両名が特に審判期日に出席して陳述を求めたような事情も窺えないから、調査官の実父・義父に対する面接調査がなされず、かつ、審判期日においても右両名の陳述を聴取しなかつたとしても、原審に審理不尽の違法があるとは到底いうことができない。論旨は理由がない(なお、原決定の非行事実1ないし6について、原決定は、刑法一七六条前段を適用しているけれども、非行事実2の被害者A子を除いた被害者はいずれも一三歳未満であつて同法一七六条の前段、後段の区別なく同法条を適用すべきであるから、この点において原決定には誤りがあるけれども、これが決定に影響を及ぼすものではない)。

三  処分の著しい不当の論旨(抗告申立書第三、理由補充書)について

所論は、要するに、前示一項の論旨として、少年には要保護性がないというほか、仮に要保護性が認められるとしても、本件非行は原判示のように計画的で執拗等というものではなく、単なる一過性のものであること、少年の改悛の情が顕著であり、これまでの逮捕・勾留・鑑別所収容の過程で十分に改過遷善の効があがつており、これ以上少年を施設に収容することは弊害があるだけであること、少年に情緒面での発達の遅れがあるとしても、それは社会内での適切な指導により解決できることなどの諸点を考慮すると、少年に対しては保護観察処分が相当であつて、原決定の少年院送致処分(長期)は著しく不当である、仮に、少年院送致がやむをえないとしても、少年審判規則三八条二項に準じ一般短期処遇の勧告を求めると主張する。

そこで、関係記録を検討すると、本件非行の内容は、原決定の摘示するとおりであつて、高校入学後性的な関心が増大し、ヌード雑誌、漫画本等に刺激された高校一年生の少年が、七か月余の間に七回にわたり、連続的に、小学四年生ないし中学一年生の女子学童・生徒合計一〇名に対し、ナイフを突きつけるなどして脅迫、暴行を加え、そのうちの五件六名については、自己の陰茎を被害者の口中に入れて射精するなどして強制わいせつの行為に及び、他の二件四名については被害者の逃走、抵抗にあつて強制わいせつ行為が未遂に終つたという事案である。犯行の態様は極めて悪質というほかなく、汚れを知らない年少の被害者らに与えた衝撃、将来への悪影響にははかり知れないものがある。また、予めナイフを用意したり、発覚を免れるため年令的に手ごろな児童を物色したりするなどの計画性もみられるほか、被害者に近づく方法も次第に巧妙化している点も看過できないと思われる。以上のような本件事案の罪質・態様、非行の回数、被害者数、被害者に与えた悪影響等にかんがみると、それが執拗といえるかどうかは別としても、本件は極めて重大な事犯というほかはない。

また、鑑別結果通知書、少年調査票等によれば、少年の知能は普通域にあつて能力面では特に問題はないものの、性格、精神面においては、外的刺激に対し防衛的構えが強く、対人関係が慎重、苦手で情緒的な刺激にかなり弱い面がある一方、自尊心が強く、内輪の場面ではかなり頑固で我の強い反応を示しがちで孤立することが多く、その分内向して主観的な世界だけが拡大し、その思考内容は独善的なものになりやすい。このような精神発達のアンバランス(鑑別結果では、精神状況は準正常と診断している)は、母子依存関係を通じて培われたとみられる。すなわち、両親の離婚、母親の再婚と揺れ動くなかで、社会性が伸長する時期に心理的に母親に包まれていて、内弁慶的に我ままに振る舞うことを許されてきたことが前示傾向の基盤になつていたと思われる。そして、右のように母子分離が十分に図られていないことによる自立の遅れ、社会行動の臆病さ、適応性の危うさが、たまたま性的関心、イメージが主観的に拡大したさいに現出し、本件非行に結びついたと分析することができる。鑑別所の鑑別結果と調査官の調査報告とでは、右分析についてはほぼ一致しているのであつて、所論指摘の調査官の調査過程における母親に対する先入感やそれに基づく誤認の点は、右分析結果に格別の影響を与える問題とも思われない。少年について要保護性を肯定するに十分である。

一方、少年については、さほど不良顕示性があるわけではなく、今回の非行が初発に近いものであること(中学三年時に自転車盗の係属が一回あり、簡易送致で不開始となつた)、たまたま成功したことが反覆につながつた面があること、反省の態度も著しいことなどの事情も指摘できるけれども、前示の諸点にかんがみれば、少年の基本的な適応のあり方は、簡単に改善されるものとは考えられず、しかもそれが母子関係を基盤に生じたと思われるだけに家庭での指導の効果には疑問が残るといわなければならない。したがつて、少年の更生を期するためには、このさい母子関係を分離し、施設内の集団生活を経験させることにより、その人間的成長をはかるのが最も相当であると思われる。所論は、少年の義父及び実父が少年の善導につき熱意を示している旨を強調するけれども、既に義父と少年、母親らとは同居していたものであるし、実父についても、離婚別居後も少年との交流が切れていないとはいえ、既に一児を有する再婚家庭が形成されているのであつて、そこには自ずと監護能力・態勢の限界のあることが窺知できるから、所論のように義父・実父の存在を重視して在宅保護が相当であるともいいがたい。少年を中等少年院に送致した点において原決定は相当であつて、原決定には処分の著しい不当はない(なお、所論は、原決定書が抗告期限の前日になつて作成されたことは、原審の審理に関与していない申立人にとつて原決定の判断理由を知り得ず、母親の抗告権の侵害であり、憲法三一条、三二条に違反すると主張するけれども、原審審判期日においては少年の保護者たる母親及び弁護士たる附添人が審理に立ち会い、原決定もその面前で言い渡されているのであるから、仮に原決定書作成が抗告期限前日であつたとしても、これによつて母親の抗告権が侵害されるものではなく、所論は失当である)。論旨は理由がない。

しかし、原審は原決定にあたり何らの処遇勧告をしていないところ、鑑別結果にも指摘があるように、少年の知的能力に問題はなく、本件収容を契機として少年の内省も速やかに進むと十分に予測されるから、少年に対しては、必ずしも長期にわたる処遇が必要であるとは思われず、一般短期処遇が相当であると考える。

そこで、少年法三三条一項により本件抗告を棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 船田三雄 裁判官 櫛淵理 中西武夫)

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